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東京地方裁判所 平成5年(ワ)20173号 判決

原告

原田賢一

被告

佐藤喜幸

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、二六〇万五〇四〇円及びこれに対する平成四年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを八分し、その七を原告の、その一を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して二〇五四万八五六八円及びこれに対する平成四年九月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  交通事故の発生

左記の交通事故(以下「本件事故」という)が発生した。

日時 平成四年九月六日午後三時ころ

場所 山梨県南都留郡鳴沢村字富士山八五四五番地の一先路上(以下「本件事故現場」という)

加害車両 普通乗用自動車(多摩七八さ六七〇号、以下「被告車」という)

右運転者 被告佐藤喜幸(以下「被告佐藤」という)

被害車両 足踏み式自転車(以下「原告自転車」という)

右搭乗者 原告

態様 被告佐藤運転の被告車がセンターラインを超えて走行し、対向車線を走行中の原告搭乗の原告自転車のハンドル部分に衝突した。

結果 原告は、本件事故により、右第二ないし第四指挫創、右中指骨折、骨盤打撲、左肩部擦過傷の傷害を受けた(甲二の4)。

2  責任原因

一 被告佐藤は、進路前方を注視すべき義務があるのに、車内のルームミラーにより後方からの車両の有無を確認することなどに気を奪われて前方注視を怠り、センターラインを越えて対向車線にかかつて被告車を走行させたという過失があり、民法七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

二 被告会社は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき、損害を賠償すべき責任がある。

二  本件の争点

損害額の算定

第三当裁判所の判断

一  損害額について

1  治療費(請求額一九〇万七五一二円) 一七五万四八六二円

証拠(甲三の1、四、五の1、六の1、七の1、八の1)によれば、原告は、本件事故による傷害の治療のため、平成四年九月六、七日の両日渡辺整形外科に通院し、同月七日に東海大学病院に通院し、同月八日から同月一六日まで近藤病院に入通院し(入院八日、通院実日数二日)、同月一八日から同月二四日まで平野外科胃腸科病院に入通院し(入院六日、通院実日数一日)、同月二四日から同年一〇月三一日まで三八日間九州労災病院に入院し、同年一一月一日から平成五年三月一日までの期間同病院に通院し(通院実日数三九日)たこと、右医療機関における治療費は、渡辺整形外科が七万三八〇〇円、東海大学病院が三三三〇円、近藤病院が三二万二三六〇円、平野外科胃腸科病院が一四万九一六〇円、九州労災病院が一二〇万六二一二円の合計一七五万四八六二円であることが認められる。なお、証拠(甲一〇の1及び2、一一の1ないし3)によれば、原告は、平成四年一一月一六日及び同二六日に橋口整骨院に、同月二七日から平成五年一月三一日まで手嶋整骨院に通院し(通院実日数二四日)、これらの整骨院における治療費はそれそれ一一三〇円、一四万七四〇〇円であることが認められるが、これらの整骨院における治療については、医師の指示に基づくものであること、もしくは、有効かつ相当な治療であつたことの立証がされていないから、損害としては認められない。

2  入院雑費(請求額六万七六〇〇円) 六万七六〇〇円

原告の入院日数は合計五二日であり、入院雑費は一日当たり一三〇〇円とみるのが相当であるから、入院雑費として六万七六〇〇円を認める。

3  交通費(請求額二二万二三五九円) 二〇万八〇〇〇円

証拠(甲一三、一九)により認められる。

4  休業損害(請求額五〇二万四一四五円) 五〇二万四一四五円

証拠(甲一四、原告本人)によれば、原告は本件事故当時ダンプカー持ち込みの自営の運転手をしており、事故前三ケ月の収入を基礎として経費等を控除して求めた一日当たりの所得は二万八三八五円であつたこと、原告は本件事故により平成四年九月六日から平成五年三月一日までの一七七日間休業を余儀なくされたことが認められ、右によれば、原告の休業損害は五〇二万四一四五円となる。

5  逸失利益(請求額八九五万八九〇一円) 認められない

原告が提出した後遺障害診断書(甲一二)によると、原告には、右中指運動痛の自覚症状と右示指瓜変形、右中指尺側偏位及び右中指関節に運動可動域の制限がみられるものの、右示指瓜変形、右中指尺側偏位は自賠法上の後遺障害としてとらえられないものというべきであるし、証拠(甲一七)によれば、右中指骨折に関してはレントゲン写真上若干の変形が認められるものの骨癒合は良好であり、特に異常とする他覚的所見はないことが認められることから、右中指の運動痛の訴えについては将来においても回復し得ない症状とはとらえがたいというべきであり、また、右中指関節の運動可能域の制限は機能障害としての自賠責の基準に至らない程度のものであることから、原告には、自賠法施行令二条別表第一四級八号、同級一〇号に相当する後遺障害は認められないというべきである。したがつて、原告には、後遺障害による労働能力の喪失を理由とする逸失利益は認められない。

6  入通院慰謝料(請求額一七一万円) 一五〇万円

本件事故により原告の受けた傷害の内容・程度、治療期間、通院の頻度等を総合考慮すると、入通院による慰謝料は一五〇万円が相当である。

7  後遺障害慰謝料(請求額九〇万円) 認められない

先に認定したとおり原告には後遺傷害は認められないから、後遺障害による慰謝料は認められない。

8  物損(請求額二五万円) 二五万円

証拠(甲二〇)により認められる。

二  過失相殺について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲二の1の1ないし3、2、3、5、原告本人、被告佐藤本人)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は県道河口湖富士線(通称富士スバルライン、以下「本件道路」という)上にある。本件道路は、車道の幅員が七・一メートルあつて、二車線に区分され、黄色の実線でセンターラインが引かれているアスフアルト舗装の道路である。本件事故現場から五合目方面にかけては上り坂でゆるやかな右カーブとなつている。最高速度は毎時五〇キロメートル、追い越しのための右側はみ出し通行禁止の規制がされていた。

(二) 被告は、被告車を運転して本件道路を料金所方面から五合目方面に向けて時速五〇キロメートルの速度で進行し、本件事故現場付近にさしかかつたところ、ルームミラーを見て後方からの車両の有無を確認することに気意を奪われて前方注視を欠くこととなり、被告車の右半分がセンターラインを越えて対向車線に進入したままの走行であることに気づかず、対向車線の中央よりややセンターライン寄りを下つてくる原告自転車を前方二二・七メートルの地点に発見するとともに被告車がセンターラインを越えて走行していることに気がつき、ブレーキを踏んで左にハンドルを切つたが間に合わず、被告車の右サイドミラーを原告自転車のハンドルに衝突させた。

(三) 原告は、原告車を運転し、本件道路を五合目方面から料金所方面に向かつて時速三五ないし四〇キロメートルほどの速度で下つてきて、走行車線の中央よりややセンターライン寄りを走行中、センターラインを越えて走行して来た被告車に衝突された。

2  右によれば、原告には、車道の左端に沿つて通行しなかつた過失があることは否めないところであるが、他方、被告は、前方がゆるやかな右カーブであり前方を注視して運転すべきところ、後方からの車両の有無を確認することに気を奪われ、車両半分ほどがセンターラインを越えて走行していることに気づかずに走行していたことにより、原告自転車との衝突を回避しえなかつたものであり、その過失は重大である。原告の右過失は被告の右過失と対比すると極めて軽微なものというべきであるから、原告の右過失を損害額の算定に当たり斟酌するのは相当ではない。

三  損害の填補について

1  原告に対しては損害賠償金として三六三万九五六七円が支払われたことは原告の自認するところであり、右金員は損害の填補として控除すべきものである。

2  原告は、東京海上火災保険株式会社(以下「東京海上」という)との間で、被保険者を原告、保険者を東京海上とする所得補償保険契約を締結していたこと、原告は、右所得補償保険契約に基づいて本件事故による休業補償として二八〇万円の所得補償保険金を受領したことは当事者間に争いがない。

右所得補償保険に適用される所得補償保険普通保険契約約款(甲二四の2)には、〈1〉被保険者が傷害又は疾病を被り、そのために就業不能のなつたときに、被保険者が被る損失について保険金が支払われるものである(一条)、〈2〉保険金の額は、就業不能一か月につき、保険証券記載の金額あるいは平均月額所得の小さい方である(五条二項)、〈3〉原因及び時を事にして発生した身体障害による就業不能期間が重複する場合、重複期間については重ねて保険金を支払わない(七条)、〈4〉重複して所得補償保険契約を締結してあり、保険金の支払われる就業不能期間が重複し、かつ、保険金の合算額が平均月額所得額を超える場合には、保険金を按分して支払う(六条)、〈5〉約款に規定しない事項については日本国の法令に準拠する(三一条)との趣旨の規定があることから、右所得補償保険は、被保険者の傷害・疾病のために発生した就業不能という保険事故によつて被つた実際の損害を保険証券記載の金額を限度として填補することを目的とした損害保険の一種というべきであつて、被保険者が第三者の不法行為によつて傷害を被り就業不能となつた場合において、所得補償保険金を支払つた保険者は、商法六六二条一項の規定により、その支払つた保険金の限度において被保険者が第三者に対して有する休業損害の賠償請求権を取得する結果、被保険者は保険者から支払いを受けた保険金の限度で右休業損害に関する賠償請求権を喪失するものと解するのが相当である。保険会社が取得した被保険者の第三者に対する損害賠償請求権を行使しない実情にあつたとしても、右の判断を左右するに足るものではない(最高裁判所平成元年一月一九日第一小法廷判決判例時報一三〇二号一四四頁参照)。また、保険契約当事者間において、商法六六二条の適用を排除するとの黙示の合意の成立を認める余地はない。これを本件についてみるならば、東京海上(保険者)は、原告(被保険者)に対し、被告佐藤(第三者)の不法行為により傷害を被り、そのため就業不能となつた原告の損害として二八〇万円の保険金を支払つたものであるから、商法六六二条の規定により、右金額の限度で、原告の被告らに対して有する損害賠償請求権を取得することから、その結果として、原告は被告らに対して有する休業損害に関する賠償請求権を二八〇万円の限度で喪失するというべきである。

3  そうすると、原告の損害額残額は二三六万五〇四〇円となる。

四  弁護士費用について

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用相当額は二四万円と認めるのが相当である。

五  結論

以上の次第で、原告の請求は、被告各自に対して、二六〇万五〇四〇円及びこれに対する不法行為の日である平成四年九月六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由がある。

(裁判官 齋藤大巳)

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